簡単なWebサイトの開発などはDBスキーマ設計+プログラミングで十分なケースも多いと思いますが、複雑な業務や高度なユーザー経験を実現する場合は、何らかの分析設計を行い、その結果を元に実装に落とし込む必要があります。この分析設計手法の最右翼がOOAD(Object-Oriented Analysis and Design)です。
しかし、OOADは難しい技術で独学でマスターするのはなかなか大変です。
独学でマスターすることが大変な理由として、そもそもOOADがソフトウェア工学の集大成という位置付けのものなのでカバーする技術分野の範囲も広く難易度が高いということがあります。その上で独学に適したよい教科書がないということもあります。また、モデリングをアシストするためのツール類の不足も大きな問題です。
以前、大学でモデリングを教えていた時、授業やゼミで使えそうな教科書がないことが悩みのタネでした。
一つは具体的なモデリングの手順を解説した本。UMLの文法解説の本は多いのですが、最上流から実装までの流れを順を追って解説している本がなかなかありません。
また、UMLはすべての応用に適用できるように仕様が巨大でチューニング項目も沢山ありますが、ターゲットのシステム開発向けに必要最小限の大きさにカスタマイズして使用することが想定されています。この「ターゲットのシステム開発向けに必要最小限の大きさにカスタマイズ」してあるUMLのカスタマイズ仕様、いわゆるプロファイルが定義されている本はほぼないと思います。つまり、UMLの記法を学んだだけではUMLを活用することはできないわけです。
そこで中小規模の業務アプリケーションをターゲットに整備したメタモデルとしてSimpleModelを設計しました。
SimpleModelをベースにこれらの問題を解決するために授業やゼミで使える教科書の目的で以下の2つの本を書きました。
UMLを記述言語として書いたものが『上流工程UMLモデリング』、マインドマップを記述言語としたものが『マインドマップではじめるモデリング講座』です。
『上流工程UMLモデリング』が教科書、『マインドマップではじめるモデリング講座』がゼミでのワークショップ用という位置付けです。
ソフトウェア構築技術の進化
SM2008を作成したのが2008年前後ですが、すでに12年の月日が流れており、ソフトウェアの構築技術にも大幅な変化がありました。
特に以下の3つの分野での大きな進展があります。
- クラウド
- AI
- DX(Digital Transformation)
クラウド
クラウドの登場によって大きく変わったのは、大規模アクセス・大規模データのアプリケーションを簡単に構築できるようになった点だと考えています。大規模アクセス・大規模データのアプリケーション構築するための部品が多数用意され、運用管理コストを含めたコストが安価に提供されるようになりました。
逆に言うと大規模アクセス・大規模データの業務アプリケーションを開発する必然性が生まれたわけで、スケールアウトや非同期処理・分散処理を達成するための技術力が求められるようになりました。
それに伴い、以下のようなアーキテクチャが登場してきました。
- CQRS
- Event Sourcing
- Microservice
これらのアーキテクチャに対して、業務アプリケーションのモデリング上でどのように対峙していくのかが論点になるでしょう。
AI
業務アプリケーションの開発においてもAIは無視できない存在になってきました。
ただ、業務アプリケーションそのものがAIのエンジンを開発するということはなく、既存のAIエンジンを使用し、数理モデルを新規開発または既存モデルの改良という形で利用していくことになるケースがほとんどだと思います。
AIも大きく従来型の知識ベースや推論エンジンによるAIと、最近流行の機械学習型の2種類があります。
前者については、AIシステムをコンポーネントやサブシステムとしてモデル化し、利用方法を考えていく形になるでしょう。後者については利用方法を設計するのに加え、学習に必要な情報の収集方式についても検討する必要がでてきます。
DX
DXはもともと「ITの浸透が、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」という意味とのことですが、ソフトウェア開発の文脈では、企業活動のあらゆる側面をIT化して、企業の形態をIT中心に変換する、というようなニュアンスで語られることが多いと思います。
DXの文脈では、単なる業務アプリケーションの開発ではなく、企業活動全体を俯瞰した企業システムの構築の一環として業務アプリケーションを開発することになります。業務アプリケーションの設計ではなく、企業システム全体をモデル化した上で、その中に組み込まれる1コンポーネントという形での設計になってくるでしょう。
こうなってくると、プログラミング主導の開発では不十分で、全体像を俯瞰し、ターゲットの開発スコープを明確にするモデルの作成が必要なのは明らかです。
SimpleModel 2020
このように、SimpleModelを開発した2008年当時から見るとシステム開発を取り巻く要素技術は大幅に進化しています。この技術進化を取り込むためにSimpleModelの拡張を行うことにしました。その内容については本ブログでこれから検討していくことにします。
前述の書籍で使用しているSimpleModelをSimpleModel 2008年版と呼ぶことにします。そして、このブログでこれから検討していく新しい時代背景に対応したSimpleModelをSimpleModel 2020年版と呼ぶことにします。また簡易表記はSimpleModel 2008年版をSM2008、SimpleModel 2020年版をSM2020とします。
記述言語
前回説明したとおり、モデルコンパイラであるSimpleModelerの記述言語はSmartDoxのDSL基盤上に構築されています。すなわち、節による木構造、表による表構造を使用してのモデル定義と、自然言語による説明文を自然な形で混在させることができます。
文芸的プログラミング(Literature Programming)ならぬ文芸的モデリングということができます。
ツール
OOADによるモデリングを実務に適用するために重要なことは使いやすくて実効性のあるツールによるアシストです。
従来からUMLエディアなどのツールは存在しましたが、実務にモデリングを適用させたり、モデリング教育を効果的に行うといった目的には十分な機能を提供しきれていなかったともいます。
モデリングで作成するモデルは大きく以下の2つに分けることができます。
- 実行可能モデル
- 青写真モデル
実行可能モデルは、作成したモデルがプログラムとしてそのまま動いたり、プログラムを自動生成できる、といった形でプログラム開発に直接連携できるモデルです。
一方、青写真モデルはあくまで参考として使える情報であり、実際のプログラムには手作業で開発することになります。
従来モデリングが活用されてこなかった理由の一つは、せっかく苦労してモデルを作っても青写真モデル止まりだったことが大きいと思います。
モデリング活用の阻害要因であるこれらの問題に対応するため、2008年以降、Scalaを使って以下のプロダクトを整備してきました。
- SmartDox
- 文書処理系
- SimpleModeler
- モデルコンパイラ
- Kaleidox
- アクション言語
- Arcadia
- Webフレームワーク
- PreferCloudPlatform
- クラウド・アプリケーション・プラットフォーム
これらのツールは現在SM2008向けになっていますが、SM2020のメタモデルをベースに拡張していく予定です。
まとめ
業務アプリケーション向けメタモデルであるSimpleModelの最新版SimpleModel 2020について紹介しました。
SM2020の具体的な内容については本ブログで順次検討していきたいと思います。
次回はSM2020を検討する上での論点を整理したいと思います。
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